市谷の釣堀

通勤車内から見ると、台風にも関わらず釣り糸を垂れている人がいる。以下、妄想。
「あなた、こんな日にもお出掛けになるなんて! よしてくださいよぅ」
「放せ、馬鹿! 男の釣りってのはなあ、天候なんぞに左右されるほど安いもんじゃねえんだ」
「そんなこと言ったって、今日は絵里子の授業参観じゃありませんか」
「いいんだ…どうせ絵里子はどこの馬の骨とも知らねえ男と一緒になって家を出るんじゃねえか。俺は行く! 男は黙って釣りするだけよ」
「そんな自分に酔った発言すれば済むってもんじゃ。絵里子が可哀相じゃありませんか」
「男にはなぁ、妻子をおいても孤独に釣りすることが必要なんだよ!」
「そんな屁理屈、通るわけないでしょーーー」
脱兎のごとく走り出す男。
ハンカチをかみ締めて近所の目も憚らず「別れてやるーーー!」と叫ぶ女。
といった修羅場を繰り広げて、天候も嵐、家庭内も嵐、己の心のうちにも嵐が吹き荒れる中、釣り人と化した男はそれでも無心に浮を見つめているのであろう。