贅沢な読書 福田和也

●なぜ学校で実生活に関係ない無駄な授業(古典教育)を教えるのか?
まったく無縁な他者を理解しようと努力すること。すなわち教養のため。
「教養というのは、知識とか経験の豊富さを人に誇ったり、それを何か実用的な目的のため身につけるものではない。(中略)隔絶された他者を理解する試み、言葉も思考も生活も人生観さえも違う他者の中に、現在の自分と通低する他者を見出すこと。そうした営為を通して自己の人間性を形成していく…」といった点に注目。
>つまりOutsiderたるEladrin Ghaeleを理解しようとすることは人が人たるべく生きるということに繋がるのだ!(嘘
●言文一致スタイル(一定の文字さえ知っていれば誰でも書き、記録することが出来る書き言葉を国が作り上げた)が導入されたのは?
1)日本…明治期の国語改革。
2)韓国…第二次大戦後、漢字を全廃してハングルに。漢字排除の弊害が指摘されている。
3)中国…共産党治下で大改革。漢字簡略化。横文字へ。
※国語改革以前・以後での断絶は、中国・韓国の方がひどい。
4)フランス…国語改革の端緒。17世紀にアカデミー・フランセーズが語彙と文法を国権をもって整理。
●教養的であることを国家に強要された歪み
例として
1)イギリスのチャーチルが引かれている。
2)日本江戸時代の鍋島藩
●日本の古典は教養形成には向かない
「日本の古典は、現在の日本の言葉と情緒、表現、気分と隔絶していない」一貫性あり。
欧州文学は違う。
国民文学的な観点から見れば、フランス、イギリスあたりが15〜17世紀。ドイツは18世紀。イタリアは流石に早く13世紀あたり、そのポイントからようやく統一性が出てくる。
●日本文芸、文化の貴重な性格の一つは「誰もが文化を創る側に立てる」という点がある(カラオケ、コミケ定型詩? 「万葉集」は文芸の担い手が皇族から庶民まで幅広い驚異的なアンソロジー
●贅沢な読書、楽しむのは随筆。西村康彦、森銑三樋口修吉…。
●湯島「とりつね」銀座「アールス・コート」「らんこんと」州崎「来々軒


ともかく言葉の芳醇さを楽しむこと。それに尽きる。