P.S.あいらぶゆう 吉村明美 覚書

この作品は1983年から1984年にプチコミックに掲載された、吉村明美初期の作品ということになる。
私は高校2年生から3年生といった時期にあたり、無論プチコミックなぞは読んでいなかった。
私が吉村明美作品と出会うのは、床屋においてあった「麒麟館グラフィティー」を手に取る1990年代まで待たねばならない。
それはともかく、この人の作品を唐突に整理してみようという気になったので、ここに書き記す。
とりあえず題材は表題にあるように、Judy Comics版「P.S.あいらぶゆう」である。


まずJudy Comics版内で著者が当時を振り返って「編集部と大喧嘩しても描きたかった」とある点に注目する。
当初、編集部側は「学園ラブコメ」を要求、しかしながら著者はそれを拒否。*1
さらに「偉そうなこと言うなら結果を出してみろ」との編集部側の売り文句に、連載1回目、2回目を学園ラブコメ路線で物語を進め、読者アンケート1位という結果を出す。
その後「結果を出したから好きなものを描かせろ」と本腰で編集部と喧嘩…というから恐れ入り屋の鬼子母神。いや凄い。
結局、連載打ち切り+あと3回との宣告を受け、最終回はページ数も減らされて四苦八苦…てなことが書かれている。
思わず吉村明美は化け物か?と池田秀一の声で呟きたくなるようなエピソードだ。
ただこうしたネタを振られたからには、全9回のこの物語の1、2回とそれ以後を比較してみたいと思うわけだ。


●物語
千野林太郎(17歳)と潮田水絵(18歳)の恋物語。基本的に林太郎視点。
[重要な脇役]
・林太郎の同級生で同じバスケ部の沢村恵子。林太郎に夢中。
・水絵に交際を申し込むことになる、林太郎の恋敵に位置する生徒会長の二階堂進
■1話
・初期状況
 亡くなった知り合いの子(水絵)を親父が引き取ることで、年頃の男子(林太郎)と女子(水絵)が一つ屋根の下に暮らす状況を設定。
 親は水絵を林太郎にとって義理の姉に当たると紹介するが、血がつながっていないことを林太郎は知っている。
・林太郎のキャラク
 女子に人気あり。バスケ部所属。
・水絵の外見、キャラク
 眼鏡、みつあみおさげ、どんくさい、内気。(少女マンガのブス的な記号)
・重要イベント
 (林太郎16歳のとき)水絵は眼鏡をとると美人。このことは林太郎だけが知っている。そしてこれを契機に林太郎は水絵を好きになったことを自覚。
 (現在)水絵が美人だということが学園中にバレる。それによって生徒会長の二階堂進から水絵は交際を申し込まれる。
・林太郎の抱える問題
 立場上義姉ということになっている水絵に対して持て余す恋心。恋敵がいないことが唯一の救いだったが、それもいきなり美人だということがバレて…。
 水絵が自分を“弟”だと思っている(に違いない)点についても煩悶する材料となっている。
・次回への引き
 父親から林太郎、水絵だけでアパート暮らしするよう宣言される。
[コメント]
翔んだカップル」(柳沢きみお)以来、同じ屋根の下にうら若き男女が暮らすという設定には心惹かれるものがアリアリ。
やはり風呂上りの彼女には勝てませんって。とにかく80年代ラブコメっぽい雰囲気が漂ってはいる。
■2話
・初期状況
 父親の転勤により、林太郎+水絵はアパートで2人暮らしを始める。
 状況に順応しているように見える水絵と、対照的に心穏やかならぬ林太郎。
・重要イベント
 二階堂が水絵に交際を申し込んだときの彼女の回答が「自信ないです」ということが判明。
 水絵の過去が少し語られる:母親は良家の娘だったが水絵を身ごもったため勘当され水商売に。父親は不明。母親の死後は親戚たらい回し。
(負い目のある人生→林太郎に対しても引け目を感じているのでは、という指摘。→林太郎と水絵の関係の異常さ?微妙さの確認)
 思わず水絵の寝顔にキス(水絵の近眼が救いに):このままじゃマズイ→水絵に対する林太郎のひとつの決心:恋を諦めて弟として生きてみる
・次回への引き
 二階堂の交際申し込みを正式に断る。その理由が「好きな人がいるから」と聞いて、暴走する林太郎。
 その林太郎は校内で水絵と(物理的に)衝突して、彼女を傷つけてしまう。
[コメント]
あっという間に邪魔な両親が退場。
うら若き男女があろうことか同じ部屋で布団並べて何もないなんてぇことがあり得ましょうか。いくら姉さんだからって、無防備に着替えるのはどうかと思うヨ。
それはともかく。
姉弟だと割り切るその感情はなんなんだろう。いきなり割り切らせてしまう血のつながりってのはいったい…」という台詞にも見られるように、男女のそれとその他社会的な役割(または通念)がコンフリクトを起こしているシーンは以後の作品でも顕著なんではなかろうか。
■3話
・初期状況
 水絵は顔に怪我、林太郎は自責の念から面倒見る。
 ただし、水絵に好きな相手がいると分かり(それが自分ではないと思っているので)、腑抜ける。
・重要イベント
 二階堂、アパートに来る:現状の分析。アパートで2人暮らしする腹違いの姉弟が世間の目にどう映るか。弟に徹すれば良いという示唆に、水絵に好きなヤツができた以上それ以外ないと思い込む林太郎。
 沢村恵子、水絵に最初の攻勢。水絵の面倒ばかりみている林太郎を“許してやれ”と精神的な圧力をかける。
 夜中に振袖着替え・涙:水絵が自らの過去にとらわれていることを示唆する出来事。
・次回への引き
 水絵の大事な手紙を媒介にして、林太郎が水絵に本音をぶつける。
 その結果、水絵も林太郎と血が繋がっていないことを知っていたことが明らかになる。
 林太郎が(手紙の主を勝手に思い人のものだと思い込み)嫉妬から1)水絵を独占したい、2)互いに血は繋がっていない、と水絵に告げると、1)はスルーして2)をなぜ知っているのかと聞いてくる。
[コメント]
学園生活からどんどん離れていく…(笑。
そして3話にしてようやく水絵側の重い設定が表出。ラブコメにはならんわなー。
■4話
・初期状況
 泥沼。水絵は「血が繋がっていないと知っていたのに、今まで姉らしく振舞っていた自分を林太郎はどんな気持ちで見ていたの?」と取り乱す。
 水絵にとっては林太郎の姉である限り自分の居場所を確保して安息できる、そういった切実な話になっている。
・重要イベント
 林太郎が強引に水絵に接吻。水絵が“血が繋がっていない”話を知っていると知らなかった、と林太郎が告げることで誤解は解ける。
 手紙は水絵の父親が母親に宛てた手紙。
 林太郎の好意に対して、水絵は一緒にいられないと答える。「私に人を嫌う権利なんかない。嫌われるのは私の方なのよ」と強烈な心情吐露。
 二階堂、さりげなく林太郎と水絵が姉弟でないことを知る。
 二階堂からの指摘で、ようやく林太郎は水絵の思い人が自分かもしれないということを自覚する。
 学校のクラスメートに、うまく林太郎と水絵がアパートで同居していることを伝える。
・次回への引き
 沢村恵子がアパートまでやってきて、(弟)林太郎が(姉)水絵に「好きだ」と告白したことを知る。
[コメント]
とことん水絵というキャラははぐらかすのである。
「好きだ」と言ったにもかかわらず、相手も自分を憎からず思っていそうなのに、返ってくる言葉が「私にはもったいない人だから」とか「貴方には不釣合いな女なの」とか、もう眼鏡娘でなかったら頬のひとつふたつ叩いているね(嘘。
■5話
・初期状況
 「林太郎が実の姉に恋してる」と思い込んだ沢村恵子。なにやら悪巧み。
・重要イベント
 水絵、高校卒業。大学入学。アルバイト開始。
 沢村恵子、林太郎の恋が片思いだということを突き止める。
 沢村恵子、林太郎に取引を持ちかける。「姉と近親相姦」とか酷い噂を立てられたくなければ、自分を恋人にすると学校中に公言しろと脅す。
 この林太郎の(嘘の)恋人宣言が、水絵の耳に入る。動揺する水絵。動揺しつつも平生を装う水絵に林太郎は…。
・次回への引き
 「逃げるなら今のうちだぞ。今日の俺はほっとくと何しだすか分からないからな」「俺だって、ただの男なんだぞ」
[コメント]
男は狼なのよー気をつけなさーいー(棒読み。
■6話
・初期状況
 恵子の気持ちを受け入れられない林太郎。それは水絵が林太郎を受け入れられない(ように見える)のも同じ理由ではないかと推察。
 林太郎はそのことに思い至り、我慢の限界を突破。水絵に襲い掛かる。
 最後は結局腕力というあたり、どこぞのDnDゲーマーを想起させる。
・重要イベント
 事ここに至って、ようやく水絵が林太郎に自分も「好きだ」という気持ちを伝える。
 しかしながら、自分の中にある問題により、相思相愛めでたしめでたしにはならないのだと告げる。
 「私は人を好きになる資格がない」「私が何をしてきたか知ったら軽蔑するわ」
・次回への引き
 水絵、アパートから失踪。おまけに母親があと3日で上京してくる事態に。協力者は水絵と同じ大学に進学した二階堂のみ。
[コメント]
今回以降、水絵は眼鏡をかけなくなる。残念でならない。
さて、水絵を縛っているのは、今は亡き母親であろうし、過去の何か衝撃的な事柄だろうと思われる。
それは個人的なことゆえ、他人には些事には違いない。
たぶん、それを些事と片付けずに一緒に引き受けるか、それを鼻で笑い飛ばすくらいの人間が、ともに歩むに足るということなのだろうか。
吉村明美作品はこうしたモチーフの繰り返しだとも言える。
■7話
・初期状況
 失踪した水絵を捜索。
・重要なイベント
 母来る。
 水絵の母の死に様について、林太郎は母から伝え聞く。疑問。母の死に責任を感じただけで、あそこまで罪悪感を抱くか?
 二階堂、水絵を発見。髪を切り化粧してコンタクトした状態。林太郎、ようやく水絵に再会。
・次回への引き
 母親に水絵を襲った件、バレる。
[コメント]
1話からすると、随分と遠いところに来てしまったですな。
■8話
・初期状況
 母親の前で、林太郎と水絵が状況説明を求められる。
・重要イベント
 林太郎と水絵が互いに好きあっていて、互いに血が繋がっていないことを知っていることが分かる。
 母親の用事が水絵の実の父親の消息を伝えるものだと判明。
 沢村恵子と水絵、最後の対決。沢村恵子を助けるために、水絵は交通事故に遭う。
 事故に遭った水絵は意識を取り戻すものの、記憶がとんでしまう。
・次回への引き
 人殺しを示唆する夢によって覚醒する水絵。「思い出した」
[コメント]
イベントとして使っているパーツは「身代わり交通事故」「記憶喪失」など少女マンガの王道とも言うべきものだけど、それでも読んでしまう。
パワーがあるってことなんだろうなあ。
■最終話
・初期状況
 病室で覚醒する水絵。自分の内なる声。罪深き自分は自殺すべきか。
・まとめ
 母の死の際に自分が何をしていたかを水絵は林太郎に告げる。これがすべての原罪であるとするならば懺悔であろうさ。
 思いの持って行き場のない水絵に対し、これを受け止めて応える林太郎。
 ようやく2人で一緒に歩きだせる状態に。
[コメント]
絵柄はまだ完成されていない状態だが、物語としては後に描かれる一連の業深き作品群への志向が見られる点が面白い。
情念に振り回されたり縛られたりする人に、救済というと大袈裟だが、ちゃんとした落としどころを用意してくれる。
ブコメよりも書きたいものって、そうしたときに生じる感情の爆発だとか、思いのやりとりだとか、そういうものなんじゃないかしら。
とりあえず著者の意図はいざ知らず、おいらの中では十分にラヴストーリーを堪能しましたことよ。ラブコメも好きだがナー。

*1:1983年頃だと少年サンデーでは「うる星やつら」が人気で、ラブコメは需要度高かったと思うけど、少女マンガもそうだったのかしらん。